飯野高宮神山神社




入口の鳥居の左側にある由緒板には
「このお宮は、約二千年前皇居でお祭りしていた天照大神を日本で最も良い所に祭ろうと皇女倭姫命が各地を巡られたときにこの地を選ばれて四年の間お祭りされていた由緒ある飯野高宮です。のちに伊勢の皇大神宮(内宮)へお移しされたが、その案内役がご祭神の子孫でした。猿田彦命は私達をすべて善い方に導き見守ってくださる神様です。また、天鈿女命は天の岩戸の前で舞をした芸能の神様でもあります。」


御祭神  猿田彦命

     天鈿女命(あめのうずめのみこと)

主な祭典 元旦祭(11)

建国祈念祭(211)

春祭(豊作祈願)(48)

例祭感謝祭(豊作感謝)(1123)

大祓(おおはらい(1231):人間は貪欲であるので、我がまま、気ままを戒める)

月並祭(毎月1)

由緒   天照大神の行宮(あんぐう)「飯野高宮」として尊崇される。

     行宮:頓宮とも書き,〈かりみや〉ともいった。天皇の諸国巡幸のとき,駐輦・宿泊のために設けられる施設・建物。
        平城宮・平安宮などの宮が,天皇常住のためのものであるのに対し,かりに造った宮の意。奈良時代には,巡幸
        に先だつ1ヵ月ほど前に,あらかじめ行程をはかって造営されるのがふつうであった。
    

     垂仁天皇22(紀元前8)倭姫命が天照大神の鎮座地を求め巡行の旅の途中4年間この地に大神を奉斎した。

     神宮年表では「紀元653(紀元前8)倭姫命が飯野高宮に機屋を建てらる」と記されている。

     その後、山添大明神、白髭大明神、鑰取(かぎとり)明神、神山神社と称された。

     平成元年(1989)に「飯野高宮神山神社」の社名に改める。

     注)巡行は奈良県三輪山から始まり2030年をかけて滋賀県、岐阜県を経由し三重県に達した。
       山添の地名は三輪山の近く、白髭神社は滋賀県高島市にある。

合祀と分祀  明治40年に山添の三玉神社、41年に安楽の須賀神社など23社を合祀、その後昭和になって櫛田神社、清水神社、須賀神社(安楽)、
         宇気比神社(山下)、須賀神社(伊賀町)、豊原神社など六字21社が分祀された。







・鳥居横に享保
20(1935)建立の「飯野高宮」石碑あり。




・参道左側の手水鉢「頮嗽石盂(かいそくせきう)」は雨乞いのため奉納された(1733)




・第二鳥居の大しめ縄はこの神社に水を呼ぶ白蛇に似せて作り、毎年1220日過ぎに豊穣感謝を祈り献上している。



・参道右側の常夜燈は寛保2(1742)の建立以後氏子が毎日点燈しており、現在も続いている。




・安産の神の後方に山添出身の堀恵二氏寄贈の社務所がある。

・社務所左側に御供殿があり、明治41年まで氏子が、終戦後中止するまでは神職が毎朝玄米を炊き、塩、水とともに三宝に入れて献饌していた。



問い合せ先:てい水まちづくり協議会(電話: 0598-28-2675)



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